おたくのひとりごと

自由気ままにぼやいています

全肯定は愛なのか

 

que-9.hatenablog.com

 以前、この記事を書いたきっかけはまわりに「推しの名前を見れば条件反射のように推しの演じるキャラを推しキャラと主張するタイプのオタク」が結構いたので、好きじゃねぇな~と思い書かせて頂いた。

そこでふと、「いやああいうタイプの他にもキャラをちゃんと理解した上で推しが演じていれば推しの演技が好きだからすべて推しキャラ」という人も結構いるなと思い、ちょっと考えてみた。

まあ、結論を言うと「考え方・感じ方・推し方等々の違い」なだけなんだけど。

 

そもそも、推しのすべてを肯定することは、愛なんでしょうか。

例えば、推しが今までやったことのない役をやったけど、あまりの不慣れさが全面に出てしまっても「さすが推しくん演じ分け上手い!」

推しがどんな髪型にしても「かっこいい!」

推しが台詞をミスっても「そういうとこもかわいい!」

推しが失言してあとから謝罪しても「全然失言じゃないよ!推しくんが言いたいこと自由に言えばいいよ!それなのに謝罪する推しくんはなんて良い人なの!」

 

だいぶ極端に書いたけど、これらってすべて「愛」なんでしょうか。

いやまあ本人たちにとっては愛なんでしょうけど。

よく「友人なら間違ったことを正してくれるのが本当の友人」とか「間違いを見て見ぬふりをしたり擁護するのは本当の友達じゃない」とか小学校のころから教わってきたと思う。少なくとも私は。

なんとなく、それと同じような考え方なんじゃないだろうか。友人と推しじゃ全く違う存在だけど、「大切な存在」みたいな、そういうニュアンスで。

不注意故に台詞をミスるとか出とちるとか、仕事上の失敗はいくら推しでも擁護しちゃいけないと思う。

特殊な職業の推しくんたちと、我々一般人を比較しちゃいけないのかもしれんが、我々だって仕事でミスったら「ミスっちゃうとこもかわいいな!ミスるとこも素敵だよ!」「全然気にしてないから気にしなくていいよ!」って言われる?いや言われたいけどね?でも普通に怒られるでしょう。それと同じだと思うんだよなあ。

でも舞台はそういう役者のミスも醍醐味のひとつみたいなところはたしかにある。私もめったに噛まない推しさんが台詞を噛んだら「うっわ~~~~~噛んでやんの~~~~~~~!m9(^Д^)」と思うし。でも流石に噛んではいけないシーンで噛んだらそんな穏やかではいられない。それなのに「噛んだこと気にしないでください!私は気になりませんでした(^_^)」とかリプ飛ばしてるのを見ると「お前が気にならなくても~~~~~~~私は気になったんじゃボケ~~~~~~」とキレ倒す。

そして失言とか不適切な言動とか、そういう役者も増えてきたけど、それはやっぱ社会経験もないまま若いうちから芸能活動していると一般常識もわからないのかなと残念に思う。だからせめてこれを機に学んでくれ。と思うのだが、それを「推しくんはそのままでいて!」なんて擁護してしまうと、推しくんの学ぶ機会がなくなってしまう。

それは推しくんにとってプラスかマイナスか、考えればわかることだと思うのだが。

そして、どんな推しもかっこいいとかどんな演技も上手いとか、そういうのは個人の主観が入るのであまり口出ししにくいのだが、個人的には「本当にすべてそう思うの?」と疑問に感じてしまう。

推しだって人間だし、すべて常に完璧なわけじゃないと思う。

とは言っても、私自身がそもそも推しくん・推しさんの「顔」が好きで推しているわけじゃないから尚更そう思うのかもしれない。

下手くそな自撮りがあげられると「なにこの疲れきった顔は!」とか思うし「なにその変な前髪!」とか思うし正直推しの自撮りで「かっこいい」と思ったことが非常に少ないので逆になんでもかっこいいと思えるような人を推している人が羨ましかったりする(小声)

演技だって正直言うと「上手い」と感じるのは大体「好き」と同義なんだと思っている。本当に「上手い」「下手」を言えるのは芝居を長年学んでいる人だけだと思う。

私も大学の時に少々演劇について学んだが、ここの捉え方で物凄く悩んだ。「ただの一般人が『上手い』『下手』なんてわかるはずがないのに言ってもいいものなのか」と。

いくつも観劇したりアニメを見たりしている目と耳の肥えたオタクは「技術が足りてない」ことに気付けることも多々あるが、それと上手い下手はまた別になる気がする。

だからオタクが「あの人の演技が上手い」と感じることは「あの人の演技が好きだ」と大体イコールで繋がると思っている。

だから「推しが好き」なのだから「推しの演技も好き」なのは当たり前だと思う。でも作品を見ていると「大好きな推しの演技」の中にも「嫌い」な部分ってほんの少しだけどあったりするものなんじゃないだろうか。

ちょっとキャラがぶれてる、とか、ちょっと調子乗りすぎてアドリブ入れすぎとか、そもそもキャラの解釈違いとか(これは脚本演出家も関わってくるけど)

推しだって人間だし、完璧な演技ができるわけじゃない。そういうことがあってもおかしくない。でもすべての演技が素晴らしい!私の好きな演技しかしない推しが好き!というのならもうその推しさんすごいっす。ちょっと私にもその推しさんのこと教えて?と思う。

そして、推しが好きで推しを見に観劇しているのだから推しを見るのは当たり前だが、その作品は推しソロステージじゃないのにな、と思うこともある。

そりゃ推しだから、「推しが一番輝いてる!」と思うのは当たり前だし私も毎回観劇後にそう言ってるけど。

でもやっぱり舞台って沢山の人でつくりあげる作品だから、その作品に推しだけがいるわけじゃなくてもっと色んな人がいるのに、それに見向きもしない人を見ると「この人観劇しているんじゃなくてただ推しを観察してるだけじゃん」と思う。

人の推し方や考えは様々だから、それはそれで良いと思うけど「趣味は観劇」とは言えないんじゃないかと思う。

余談ですが、前に私の推しさんがW主演でミュージカルをやったのですがどこのレポや感想ツイート見ても私の推しさんの名前は一切取り上げられておりませんでした。私も観劇後「いやもう一人の座長にすべて持っていかれたわ。私の中では推しさん最高だったけどありゃ持っていかれたわ」と思っていたのでやっぱりね!という感じでしたが一応主演なのにそんなに印象に残らなかったのだろうかと思ったら非常に悲しかった。見方はそれぞれ、感じ方もそれぞれだから「私の中では推しさんが一番」と思っても周りはそうでないことが多い。それに気付くことはショックで悲しくて悔しくもあるけど、「作品」として見ると納得せざるを得ない。それに気付いてようやく「観劇した」と言えるのかもな、と思っていた。

 

なんか話が逸れた。

とにかく、全てを肯定することは本当に「愛」や「応援」になっているのだろうかという話。

 

推しにダメ出しをしろとは言うつもりはない。ただのオタクが出過ぎた真似をするのはただ痛いだけだし迷惑にもなるから。

だけど擁護のしすぎも、推しにとって必ずしもプラスになるとは思えない。

そして、推しが好きなら「作品の中にいる推し」をちゃんと見ることも時には必要なのかもしれない。舞台に出ている推しが、演技をしている推しが好きなのであればなおさら。

以上、完全に個人的な意見でした。

 

 

ライビュは無くなった方がいいのか問題

最近茶の間叩きが盛んな(気がする)ので、ライビュに対する厳しい意見をよく目にする。

ライビュがあるから茶の間がライビュで満足しちゃって劇場に行かないんだ!

ライビュが茶の間の温床になっている!

そんなライビュなんて無くした方がいい!

見たいなら全員劇場へ行け!

という声。

ま~~~~~言いたいことはわかる、わからんでもない。極論だけど。

ライビュって「映像技術、通信技術を利用した映像配信」なだけなのでどっちかというと「映像作品」と呼ぶのが正しい。と思う。

なのでライビュを見て「観劇した」というのは違うし、ましてやライビュを見ただけで実際に劇場で観劇した人と同じ立場にはなれない。

料金だって劇場のチケットよりも安価であり、地元の映画館で見れるため遠征費もかからない。(特に地方の)オタクの経済的に正直行きやすいのがライビュである。

でも!やっぱり!舞台もライブもそういうものは生で観るのが一番!!!!たしかにライビュも素晴らしい技術だけど、生で観た方が魅力が何倍も何十倍も高まる。それに気付いてほしいなあとは思う。

そしてライビュ利用の茶の間を叩く理由として一番多く目にするのは「公式に金が入らない」という問題。

内訳は実際どうなってるのかは分からないがライビュのチケット自体安価だしそれだけでも公式に入る金額は少ないだろうし、それに加え上映する映画館や仲介業者などの取り分も考えるとライビュによる公式の儲け分は微々たるものかと思う。

全国各地で何十何百もの箇所で行ったとして何万何十万の人が利用すれば微々たる儲けもそこそこの儲けになるのだろうが、ライビュ利用を増やすより1人でも多く劇場に足を運んだ方が手っ取り早い気がする。

そう考えるとやっぱり「ライビュより劇場に行った方がいい」というのはわかる。じゃあやっぱりライビュは無くなった方がいいのだろうか…?

ふと友人との会話を思い出した。

某作品の某公演に行こうとチケット入手を試みるもいくつもの先行で惨敗していた時、全国各地でライビュが決定した。

その作品にハマったばかりの友人は「遠征できるほどの休みも取れなさそうだから生で観たいけど地元のライビュに行く」と言った。

「そっか~私はまだ現地のチケット諦めらんないわ~」と返したら友人はこう言った。

「現地に行けないのは悔しいけど現地のキャパ数以外にも、こんなド田舎でさえこの作品が好きなオタクが沢山いるよって公式に伝えたい。そうすれば公式の視野ももっと広がって色んな可能性を感じるんじゃないかな~。そうであってほしい。」

な、なるほど…そういう考えは…なかった…。

確かに劇場に足を運んでる人たちは色んな場所から遠征をしていたとしても、どのくらいの人が遠征民かなんて運営側は知る由もない。極端に言えば全員都民と捉えられても仕方ない。

そう考えるとライビュは「全国のどこにどのくらいこの作品が観たいオタクがいるのか」ということも把握できるのか…と思った。

ライビュは公式にメリットが無いのか?と疑問に思っていたけど、経済的なメリットこそ少ないのかもしれないが「ちょっと気になるけど現地まで行くほどじゃないかも」という沼に落ちそうで落ちない勢を引き込むきっかけにもなったり、公式も全国のオタクを把握することができ、なんらかの商売のきっかけにもなるのかもしれない。

そう考えるとライビュをすることで公式が得られるものは少なからずある。

茶の間の温床だから必要ない、という訳にもいかないだろう。

何度も言うが、ライビュを観ただけで現地に行った人と同じ立場になることはできないし、ライビュを観ただけで「観劇」とは言えない。なによりライビュより現地の方が何倍も魅力的なことを知らないことが非常にもったいないし、その分損をしていると思っている。

 ちなみに、その友人は最後にこう言った。

「ま、一番はハマったばかりの新規の分際でこんなにチケット難民いる中無理矢理にでも現地行こうなんて後ろから刺されそうって恐怖がデカイ」

…………なるほどね!!!!こわいよね!!!

現地にいるであろう過激派を思うと新規たちは怖くて現地に行きにくいらしい。

「うるせぇ!古参がなんだ!ガチ勢がなんだ!新規だって現地に行ってやる!」って人も多いでしょうけど(私はそのタイプ)ゴリラな私とは違って繊細な友人にとって現地は恐怖らしい。

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 過度な茶の間叩きは新たなファン層を奪う可能性がある。新規が憎い人もいるだろうが、それは公式、推しにとっては喜ばしいことじゃないんだろうなってことを改めて思った。

 

改めての応援スタンス

ブログを書き始めて3ヶ月半経ちました。正直1週間くらいで飽きると思ってました。

 ということで改めて「応援スタンス」を記そうかと。一番最初に書いたけどなんかブログを書いていくうちに考えが変わってきた気がする。

あと今年の上半期遠征が多くてちょっと考えが変わってきた気がする。

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 ということで改めて応援スタンスを書きたいと思います。

▽基本情報

9/北の方の地方在住/20代社会人(1人暮らし)

実家暮らし羨ましいけど実家に戻ったら今のような遠征生活できなそう。

安月給しんどいけど安定性抜群なので辞めようとは思わない安月給しんどいけど。

舞台にハマり出したのはかれこれ10年と少し前…ウッそんなに時が経ったかと思ったら具合悪くなってきた。

2次元オタクになったのはいつだろうと振り返ってみたら答えは「物心ついたときから」でした。生まれ持ってのオタクですどうもこんにちは。初恋は土○先生です。

推しについて

俳優Aさん(ブログ内では「推しさん」とか「Aさん」と呼んでます)

心惹かれたのは10年くらい前の某テニスの某ミュージカルにて。ウッ……推しさんに出会って(一方的)からそんなに月日が経ったのね…。

声優Bくん(ブログ内では「推しくん」とか「Bくん」と呼んでます)

3年前くらいに存在を知り、某作品のイベントで「推そう」と思った若手声優。

▽推す基準

仕事に対する姿勢とか芝居とか人柄とか…よくわかんないけどそんな感じです(適当)

友人に「9さんの推しは5番手くらいの顔面偏差値だよね」とdisられました。否定できません。多分みなさんが推してる若手俳優と並ぶと超地味な人です。

でも舞台に立ってるAさんは最高に格好いいです最高ですありがとうございます。

Bくんはどう足掻いてもイケメンじゃないしスタイルも悪すぎだけど声優だし見た目がどうとか非常にどうでもいいです。

Bくんはクール系からかわいい系までわりと役柄が広いです。BくんがCVだからそのキャラが推しキャラとかそういう安直な考えはないです。

Aさんの芝居はもう本当に大好きですがBくんの芝居はもっと頑張ってほしいって感じです。応援したくなる感じの人です。

▽遠征する基準

舞台は推しが出ていれば1公演以上は行きます。理想は初日と中日と千秋楽に行きたいけど遠征だし仕事もあるので無理ですが、都合さえ合えば2~4公演くらい行きます。

Bくん関連のイベントよりAさんの舞台優先です。Aさんの舞台や仕事の都合が合って、尚且つ私自身好きな作品のイベントなら行きます(チケットがご用意されれば)

▽グッズを買う基準

舞台ではパンフとブロマイドくらい。

2次元系グッズは調子に乗るとすぐ買ってしまう。最近は買ってないけど(当社比)

▽雑誌を買う基準

Aさん→雑誌に出ません!!!!!!!!!!!以上!!!!!!!!

Bくん→連載持ってる雑誌はたまに。あと特集とかで載る場合、気になる内容なら買うかなあ。あんま買いません。

▽円盤を買う基準

基本全て買います。

アニメ円盤はめっちゃ好きなもののみ購入します。

▽手紙、プレゼントについて

最近Aさんにはよく手紙を書いています。ブログ始めた当初はほぼ書かないとか言ってたくせに…。はてブロ見ていたら私も書こう…って気持ちになってきました。

Bくんには手紙は書いたことありませんが、ラジオ宛のメールは何通か送ったことがあります。

プレゼントはしたことないですがイベントやらツイッター上の写メなどを見てるといい歳して「またその服か」と言いたくなるほど服のバリエーションがないAさん。マネージャーから「一番よく着てるその服禁止」と言われるほど。

そして服のバリエーションは結構あるけどいかんせんダサすぎるBくん。

なんか服というかファッション系のなにかをプレゼントした方いいかな…とか思ってきた。するかはわからないけど。

でもBくんはダサいけどファッションに独特のこだわりがあるっぽいから逆に迷惑かな…ダサいけど…。

▽同担について

AさんBくんともに同担拒否と前は言っていた気がしますが、Aさんについては劇場に行かない限り同担に出会えません。物販でブロマイド買ってたら同担かなと思う程度です。同担がいません。なので拒否もなにも…同担がいません。

Bくんについてはここ最近お花畑の同担が激増しましたが、そういう同担はすぐ降りそうだなと思ってるのでどうでもいいです。拒否とまではいかないけど積極的に関わろうとは思いません。

あれ?同担拒否じゃないかも?

 ちなみに炎上してからBくん推しだよ!と言うと「あんなやつの信者かよ!」とクソ叩かれる世の中になりました。おかげで同担が激減しました。同担のみなさん短い間でしたがお世話になりました。

 

 こんなところでしょうか。

いつもたくさんのスターや読者登録をしてくださるみなさんがいるので激飽き性の私も続けられています。ありがとうございます。

本来は壁打ちのつもりで始めたのに誰かに読んで貰って、同意のスター(と私は勝手に解釈してます)を頂けると非常に嬉しいものです。

今後も(きっと愚痴多めですが)あれこれ綴っていきます。どうぞよろしくお願いします。

 

 

推しが演じれば何でもいいのか問題

うまいタイトルが浮かばなかった。

 でもこう問われたら別に悪いことじゃない気がしてくる。だって推しだもん。推しが好きだから推しが演じるものはそりゃ好きに決まってる。

でも、ちょっとよく考えてほしい。

推し声優が演じているから、という理由でそのキャラが自動的に推しキャラとなるのはいかがなものか。

役者なんだから色んな役柄を演じるだろう。クール系だったりかわいい系だったり、コミュ障だったり王子系だったり。その人の得意分野もあるだろうが。

そして人それぞれ好みのキャラのタイプってあるはずだろう。かわいい系が好きとか男前系が好きとか。

その好みのキャラのタイプが「CV○○ならなんでも好き」っていうのはどうなんですか?それって本当にキャラのことが好きなんですか?キャラクターなんてどうでもよくて、ただ推し声優だけが好きなんじゃないんですか?

推しなんだから声が好き!というのはわかる。私だってそうだし。

最近はアニメやドラマCDの他にもアプリゲーが盛んで次々と色んな作品が出てくる。それに合わせて色んなキャラも出てくる。その度に「推せそうなキャラはどれかな~」と吟味している横で「CV○○だからこのキャラ推すわ」と即決していく人々を見ていると「え…それでいいの?」という気持ちになる。

もちろん、「推し声優だしこのキャラが気になる」からスタートするのは誰しもがあることだとは思うけど。即決にはならないと思う。

今は器用な役者さんが多いので色んな声色、色んな役柄を演じる人が多いと思う。例えば推しくんがAという作品ではクール系キャラだけどBという作品ではぶりっ子キャラだとして、推しくんだからどっちのキャラも推す!ってなる?なるの?

「声」のみでキャラクターを判断しているんだろうか。「声」で判断してるならまだマシだが「中の人」で判断しているのはどうなんだろう。それって本当にキャラクターをちゃんと理解しているんだろうか、と疑問に思う。

そして、2.5も盛んな世の中。俳優厨と原作厨は度々対立する存在だと見ていて思うのだが、そんな中で「推し俳優が演じてるキャラだから原作もこのキャラが推し」みたいな人もゴロゴロいる。逆もまた然りで、「推し声優が演じてるキャラを演じてる俳優だからこの俳優推すわ」みたいな人もいる。

それってお互いにバズーカ向けて乱射してない?どっちもお互いにムカつくだけじゃない?

「原作では○○推しだけど舞台観たら△△役の俳優がかっこよすぎて原作でも△△が気になってきた」とか言うのはよくあることだし、それが2.5のメリットのひとつでもあると思う。

でも「推しが演じたから」が理由でそのキャラクターを推すのは何か違和感がありませんか。この違和感は私だけですか。「推しが演じたから」ってキャラクターを推す理由になりますか。

個人的にはキャラクターを掲げているだけで結局は推し声優、推し俳優しか見ていない。キャラクターのことは見ていない。なんなら推し声優、推し俳優の芝居もちゃんと見れていないんじゃないだろうか。

勿論、推しの芝居をしっかり見てキャラクターをしっかり理解した結果「推す!」となる人だっているのは分かっている。でもそんな人ばかりじゃないと思うから違和感を抱く。むしろそんなしっかり見て理解していない人の方が多いような気がするからモヤモヤする。

推しが演じるものならなんでも好き」を主張している人々は、それが推しにとって嬉しいことだと思うのかもしれないが傍から見たら「ただ推しの名前に反応しているだけで本質的なものは何も見ていない人」にしか見えない。

それって推しにとって嬉しいことだろうか?逆に失礼に値するんじゃないのだろうか?

que-9.hatenablog.com

 役者自身がキャラクターを私物化することが多くなってきたので、キャラ=役者として見てしまうのも仕方ない気もするのだが、だからと言って役者とキャラをセットとして考えてセットで推す、というのは何か違う気がする。

推し方」は人それぞれなので別にいいのかも…と納得しかけたが、そういう同担が突然やって来て「同担だからよろしくね!」とか言ってきたら、と思うと私は仲良くしたくありません(にっこり)

カノバレに思うこと

色んなところで色んなカノバレがあり、炎上を見かける日々が続いておりますねこんばんは。

ちなみに私の推しさん(俳優)はずっとカノバレしていません。他の俳優ファンからも逆に大丈夫なの?と言われる。だ、大丈夫なんじゃないかな…?

推しくん(声優)はカノバレしたけどね!

さて、昨今カノバレと言っても色んなカノバレがあるなーと眺めていました。

ケース①SNS等で俳優本人がにおわせてバレる。

ケース②SNS等で彼女がにおわせてバレる。

ケース③週刊誌にすっぱ抜かれる。

ケース④デート中を盗撮され流出。

ケース⑤知人が2ショットなどを流出。

ケース⑥所持物(お揃いのもの等)からバレる。

などなど…ほかにも色んなケースがあるかもしれませんが私が聞いたことのあるカノバレはこんな感じかと。

そこに新たなケースが出てきた。

ケース⑦彼女がテレビで暴露←NEW!!

 

正直言って、カノバレそのものは別にどうでもいい派です。そりゃあリアコさんはしんどいということは重々承知しているし毎回心中お察しします…という気持ちになる。

でも恋愛することは悪いことじゃない。「恋愛禁止」を掲げているアイドルじゃない限りむしろ「どんどんしてくれ~」という思い。

芝居とか音楽とか、「感情」を引き出して「表現力」を要するものはそれなりの人生経験がないと難しいと思う。恋愛ひとつで芝居に深みや幅が広がるのならば「もっと恋愛してくれ」と思う。昔、役者をやってる友人が「芝居のために恋人つくれと言われた」と相談して来たことがあったので芝居に恋愛はいいスパイスになるのかなと勝手に思っている。

そもそも、プライベートで恋愛してようがしてまいがプライベートなのでどうでもいいっす。

だからカノバレそのものはどうでもいい。が、クソみたいなカノバレをしたときは別だ。

ケース③~⑤は、まあしょうがないと思う。

週刊誌にすっぱ抜かれるのはその記事の書き方にだいたい悪意があるので不愉快だけど、しょうがないかなーと思っている。内容にもよるけど。

デート中に盗撮はもう盗撮する方がどうなの?と思う。一介のファン(ファンじゃないのかもしれんが)がプライベート中の俳優を盗撮はさすがに駄目だろう。

ちょっと前にもプライベート中の芸能人を撮るなんて芸能人には肖像権がないのか、という議論が繰り広げられていた気がする。そのときも意見は分かれていたような気がするけど個人的にはプライベートくらいそっとしてやれよ…と思う。

⑤のように知人から流出するケースは、俳優は防ぎようがないので仕方ないとは思う。しかし知人から流出されるほど俳優は恨まれていたのかと思うと残念だ。ちなみに私の推しくんのケースも恐らくこれ。実際どうなのかは知らんけど。

流出した知人もどういう関係なのかによってまた印象が変わる。それが単に恨みを持った友人なのか、元カノなのか、遊ばれた女なのか。

流出したことそのものについて俳優本人は悪くないと思うけど、それまでの行いによって流出させられたと思うと一概に「推しは悪くない!」とは言えないかな…。

そして俳優側の失態①、⑥。

まず、「におわせ」を俳優本人がしているとしたらもう無理です私は。「ファンを馬鹿にしてんのか」と思ってしまう。「におわせる」くらいならいっそ交際宣言でもしとけと思う。いやいちいち交際宣言なんかされたくないしどうでもいいけど(矛盾)

そして所持物からバレるのは、たとえ「におわせる」つもりがなかったとしても「アホかよ」と思う。もうちょい注意力を身につけてほしい。

で、②と⑦についてだが⑦の件の彼女さんがテレビで述べていたことは「におわせ」てる彼女たちも同じ気持ちなんだろうなと思った。「ファンは出待ちしたり推しに会うために必死になっているけど、私は彼女だからいつでも会える」という優越感に浸っているんだなあ、やっぱり、と改めて思った。彼女さんたちは自分の彼氏のファンの努力(?)や気持ちを踏みにじり、それを快感だと思い、見下して馬鹿にしている。と私は感じる。

こうやって言葉にするとこの女たち死ぬほど最低でクズだな!と思うけど、その女を選んで好きになったのは俳優自身だと思うと俳優に対しても死ぬほど幻滅する。

これらは女が勝手にやったことであり、俳優本人は何も悪くない!悪いのは女!という人をたまに見かけるけど、それって「女は浮気されたら浮気した彼氏ではなく相手の女を恨む」という現象と似ているなと思った。それが女の性なんですかね。よくわかんないけど。

私個人としては「そんなクズ女のクズな部分に惹かれたのか、そうでないところに惹かれたのかは知らんが結果的にクズな女を選んだアホな俳優」というレッテルが貼られてしまう。

「どんどん恋愛してくれ」というわりには許せないことが多くてどっちだよ!って感じですが、とにかく普通に普通の恋愛をしてほしいだけです。

一般人だって自分の恋愛事情を仕事に持ち込むなんてあり得ないし、それは俳優だろうが一般人だろうが変わりはない。だから仕事中は仕事に集中してほしいし、俳優なんてファンがつくものなのだから自分の仕事の特殊性を自覚して気を付けてほしいと思うだけです。

つまり何が言いたかったかと言うと、推しくーん!どんどん恋愛しような!どんどん恋愛してもいいけど恋愛だけに現を抜かさずしっかり仕事もしような!そして女を選ぶときは慎重にな!よーく考えて選ぶんだぞ~~~~~~~!ということでした。

チケットの譲渡交換のはなし

過去の下書きにチケットについて書いたものを見つけて、なんかタイムリーだし書き直そうかなと思ったが、あまりにも文章がめちゃくちゃで笑った。

そしたらまさに私が言いたかったこと全てが詰まっているエントリーを見つけた。

tmmrrw.hatenablog.com

いやもうなんか…ほんとこれ(語彙力の喪失)

nadeshico745.hatenablog.com

ほんとこれ(語彙力の喪失)勝手に転載申し訳ございません。

ここから先は私個人の解釈と意見です。

とりあえず、全通したい気持ち、人気公演でもなんとしてでも行きたい気持ち、何回も見たい気持ち、死ぬほどよくわかる。だからといって「愛ゆえのことだから」と全てを正当化するのはおかしくないか?と思う。

確かに定価以下の譲渡は違法ではないけど、チケットそのものに「転売禁止」とあればそりゃ違法でなくとも「ルール違反」だ。ちなみに(正確にどこかは忘れたけど)いくつかのプレイガイドの規約の中に「各種メディアを介しての転売は禁止」と明記されているところがある。

チケットをプレイガイドで購入する際、「キャンセルできませんがよろしいですか?」と注意書きがあり、それに同意して購入しているはずだ。また、プレイガイドで購入する場合、会員になる(名義をつくる)ことが必須になるだろうが、その際にも規約に同意するボタンを押して会員になっていると思う。まあその規約が長々とあって読む人はいなそうだが、読んでいようが読んでなかろうが「同意」をしているのは自分自身だ。

違法でないのだからプレイガイド側の利用規約によってチケットを無効にするのは酷い!そもそも利用規約がおかしい!という主張も耳にする。言いたいことはわかるけど入会時に「同意した」のはあなた本人でしょうと思うと変な話だなーとも思う。

私の勝手な想像と意見だが、転売は「行くつもりで購入したが行けなくなったため必要としている人に売る」という範囲なら問題ないと言われている。しかし中には同行者もいないのに必要以上に連番で購入する人もいる。それは「行くつもりで~」の範囲内だろうか?ここの判断はどうつけるのか知らんが私としてはグレーな気がする。

また、その考え方で行くと「良席のチケットを交換」とか「行く予定はないが別の公演のチケットと交換するために購入」とか、これらもグレーな気がする。

applepiedarake.hatenablog.com

定価譲渡は様々なリスクがある。なにかしらの事件事故に巻き込まれる可能性だって本人確認ではじかれる可能性だって大きい。そのリスクを理解した上で譲渡するべきだと思うし、それで何かあって公式は席を埋めたくないのか!私らが多ステしてるおかげで儲かってんだろ!と騒ぐのはなんか違うような気がする。それを承知の上でやっていることじゃないのかと。

※中途半端で雑な本人確認はたしかに酷いと思うけど本人確認自体は一貫して適切な流れ(事前情報から事後対処まで)なら本人確認をすること自体は別にいいんじゃないのと思います。

今の様々なチケットの価格というのはニーズに合っていないと指摘されている。故に高額転売がなくならない。いつか「もっとニーズに合った価格設定にすべき」みたいな流れになるんじゃないかなぁと個人的には思っている。つまり「チケット代を高く設定すべき」ということだ。そうすればオタクが心配している「席が埋まらないと推しくんへお金が還元されない!」ということもチケット1枚が高額になれば席が埋まらなくても推しくんには今よりお金が回るだろう。あとは「高額でもいいから行きたい」勢と「ファンなら金を出すべき」な富豪のオタクが席を埋めてくれるので席がガラガラになることもないんじゃないですか?(適当)

実際問題、劇場数も減っている、役者のスケジュールを押さえるのも難しいとあればチケット代が上がることは現実味を帯びてきた気がする。

別に多ステすることが悪いわけじゃない。舞台は何回も見たくなる。そりゃそうだ。

とりあえず平和にチケットを手に入れるために公式の対応とか法改正とか根本的なことを改善する余地があるのかな、と。あとリセール機能は欲しいです。

色々と文句はあるだろうけど、法律とプレイガイドや公式の規約で定められていることに違反してチケットを取る行為は多かれ少なかれ様々なリスクがある。それらに違反してチケットを取ることは褒められたことじゃない、それらに違反してまで全通することは自慢にはならない、と私は思うのです。

 

que-9.hatenablog.com

 こちらで声優イベントのことでも述べましたが「イベントに行くために内容も知らない作品のシリアル封入の円盤のみ複数枚購入して推しだけを見に行くオタク」より「イベントに行けなくても円盤全巻購入し何度も見る茶の間」の方が好感が持てる。

舞台の場合、「転売チケットで何が何でもチケットを入手し全通をするオタク」より「チケットが取れず泣く泣く諦める茶の間」の方が私は好感が持てる。まあ可能なら当日券並べよと思うし声のでかい茶の間は黙ってほしいけど。まあ個人の自由ですが。

私は推しさんがクソ倍率が高い人気作品に出ていないので複数公演応募しようが大体落選することはない幸せ者なのでこんな悠長なことが言えるのかもしれないですね。すいません刺さないでください。

ただし高額転売でもいいという人は今一度考え直してほしい。上乗せされた金額は主催、俳優たちには一切入らない。本来ならグッズを買ったり、もう1枚チケットが買えたりするであろうその金額は主催や俳優にとっては損失になる。自分だけよければいいと思うかもしれんが、「高額でも買う人がいる」から高額転売はなくならないのであって、高額転売がこれ以上横行したら確実に主催側は大きな損失に繋がっていく。

「自分さえ公演に行ければいい」というエゴが将来公演そのものを潰してしまうなんて元も子もないだろう。

ちなみに「高額転売撲滅を声高に言う人に限って茶の間だろ」っていう声を聞いて「えー!じゃあ私も茶の間なのかな!」と思ったんですけど私自身は推しさんの公演には全て遠征して1作品1~4公演行くんですがこの程度じゃ茶の間ですかね????????茶の間だったらすいません!!!!!

 

追記:「定価譲渡等で全通しているオタク」を否定しているわけではないです。それはそれで個人の自由なのでいいんじゃないかと思います。ただ、「私はこんなに努力してチケットを入手し全通している。何故その努力をみんなしないの!?これだから茶の間は!」というような主張に「何を偉そうに言ってんだ?」と思うだけです。その主張は堂々と胸を張って威張れるものではないと思うんです。だってそのチケットは法律的にも各規約的にも「セーフ」なチケットなのでしょうか。少しでもグレーならば堂々と主張できないのではないかな、と思います。

どこからがキャラの私物化?

はてブロを見ていて「役者のキャラを装ったツイートが無理」という記事をいくつか見かけて「この感情を抱いているのは私だけじゃなかったのか…」と感動したところですどうもこんばんは。

色々思うところはあるのだが、一番言いたいのは「お前=キャラじゃねーよ勘違いすんな」ってことです。お口が悪いねごめんね。

2.5俳優の場合、キャラと同じ衣装、ウィッグ、メイクすべて装備して見た目からすべてキャラになりきって演じるのだからツイッターでキャラの格好での自撮りをアップするのはまあ仕方ないというかよくあることだと思う。

しかしそこにあたかもキャラの台詞のような、キャラの口調でのコメントをつけ、小芝居のような自撮りをあげるのは、役者的には「キャラとしてのオフショット」のつもりだろうが、原作厨からすると「いやあんたは公式じゃない」と思ってしまうのだ。

それでも俳優厨からしたら喜んでる人もいるだろうしこの文化(?)はなくならないのだろうな…と思っているけど「役者は公式設定をもとにして演じているのであってあなた自身が公式な訳じゃない」ということは自覚してほしいなとは思う。

ここからは古のオタクBBAの意見ですBBAでごめんなさい。

私が舞台を好きになった当初、スマホなんてなかった。ツイッターなんてインスタなんてなかった。かろうじてブログがあったくらいだ。自撮りがアップされることはあっても、大抵メイク後か公演後のすっぴんの写真だった。

だから役者の、「役としての姿」を見れるのは本当に舞台上だけだった。

綺麗な衣装とメイクをフル装備した推しが見れるのは劇場に行ける者だけの特権みたいなところがあった。当時は円盤化も確実にあるわけじゃなかったし。

そんな時代を経たからか、ツイッターを開けばこんなにフル装備の役者を拝めるなんて、なんかめっちゃ動揺する。こんなに見ちゃっていいの…?舞台のお楽しみ感半減しない?みたいな。

まあ、これも時代なのかな…と悟りを開いているところです。

ここからはバンギャの勝手な意見ですごめんなさい。

2.5は大体派手髪+カラコンを装備する。更にはメイクもする。

それにより「わ~~~2次元から飛び出てきたみたい~~~」っていう役者も沢山いる。

しかし中には「いやそのメイクの仕方ただのオサレ系V系バンドの麺じゃん!!!!!」というのもいる。

さらに自撮りにフィルターやらなんやら加工するもんだからV系麺感が増す。

そのキャラがバンドマンみたいなキャラなら100000歩譲っていいとして、そうでないキャラなのにV系麺感全開だったら解釈違い甚だしいというか、そもそも「そのキャラ」ではない何かだ。

そりゃ自分の顔をより写り良く、かっこよく綺麗にしてファンに見せたいだろう。わかる、わかるよ。でもそれって結局「綺麗な自分」を見て欲しいだけだよね?キャラのイメージ壊してまでやる必要ある?自分の素顔でどうぞ?

 

ここまでは「俳優の自撮り」についてだったが、ここから声優のキャラ私物化について。

昨今アイドルもの作品が多く、声優が「アイドルの中の人」として歌って踊るライブなんてよくある。

そんな世の中だからこそ「声優=アイドルキャラ」として見ているファンもいるし、そのつもりで出ている声優もよくいる。でも声優は声優。役者なのだから「アイドルを演じる者」なだけだと思う。

ライブ時にはキャラと同じような衣装を声優が着たりするから声優そのものがアイドルみたいに見えるのはわかる。しょうがない。でもこの人たちの職業はアイドルか?違うじゃん?声優じゃん?

キャラにより近付けようと眼鏡をかけたり髪型を似せたりアクセサリーを付けたり…1000歩譲ってキャラの特徴的なアイテムを身につけることによってキャラ愛を表現しようとしてるなら微笑ましいけど、ウィッグ被ったりしてるのを見ると、あれ…声優ってレイヤーですか…?声優って演じる職業じゃなかったっけ…。と思う。

「キャラの名前を背負って人前に立つ」という時に一番やるべきことは「見た目を近付ける」ことなのだろうか?それも大事という人もいるかもしれないけど、私としてはそれよりも「キャラをしっかり理解してキャラからぶれない」という努力をしてほしいと思う。

演技も歌もキャラとしてぶれずにしっかりやってくれるのであればコスプレしてようがキャラのアイテム装備してようが構わないのだが、キャラに見た目を近付けようと試行錯誤している人に限ってキャラぶれがひどかったりするような気がする。個人的に。

そして見た目を近付ければ「俺=キャラ」だろみたいな空気を感じると「だからお前はキャラそのものじゃねぇ」という気持ちになる。

本当にキャラ愛があって、キャラのことを理解していて、キャラを大事に演じようと思っているのであれば自ずと最優先すべきこと、一番努力すべきことはなんなのかわかるのではないだろうか、と思う。

そして声優にはありがちな「名台詞をポンポン言っちゃう」現象。特にベテラン勢に多い気がする。

某バラエティ番組で某大御所声優がリクエストされた名台詞を言っているのを見て「いや~~~~その台詞そんな軽々と言っていい台詞じゃねぇんだよ~~~~~我らオタクにとって深い傷と衝撃と涙と思い出を与えた大切な台詞を~~~そんな軽々しく言わないで~~~~~~」と発狂してテレビを消した。

番組の構造上、仕方のないことだとはわかってはいる。大御所声優本人も別に軽々しく言っているわけじゃないのはわかってる。でも、やめてほしい(わがまま)

たしかにあなたが放った最高の台詞であるし、あなたが我々オタクに感動を与えてくれた台詞であるけど、「あなた個人の台詞」ではない。わかってほしい。ファンサのようなつもりで「演じた役の名台詞」を提供してくれているのはわかるけど、あくまでも「演じた役の台詞」なんです。あなた個人のものじゃないんです。

うわー厄介なオタクだ!めんどくせぇ!面倒なオタクだな私は!

どうも現実的なオタクなせいか、キャラはキャラ、役者は役者って区別したくなる私。

もっと頭がぱっぱらぱーなお花畑ゆるふわオタクなら何でも提供されるものありがたく受け止められたのかな。ごめんね現実的なオタクで。

愛を持って演じてくれてるのはわかる。その愛の向け方がずれると私物化しているように見えてしまうのかもしれない。どこからが私物化なんだろうね。難しい。

愛を持って演じてくれているのはすごく嬉しいのに。

ただ、キャラのアイテム付けときゃキャラ愛出せるっしょとか思ってるタイプの声優さんは勘弁してください。