おたくのひとりごと

舞台俳優、ワンピが好きなバンギャのゆるいブログです。

同担が無理になった話

遥か遠い昔、小中学生だったころ、アイドルが好きだった。(女子ならみんな通る道だよね?そうだよね?)
そのころは身近に同担がいなかったせいか、SNSも今ほど普及してないせいか、「同担に出会ってみたい、同担と推しの話をしたい」などと同担に夢を見ていた。
それに、そのころの『同担拒否』というと「○○くんは私のもの!私以外応援しないで!」みたいなガチ恋拗らせてるイタいやつっていうイメージが強かった。
そのため、アイドル沼から足を洗い、舞台沼や声優沼に浸かっている今もしばらく「同担拒否とかイタい奴にはなりたくない」と思っていた…。
思っていたけどここ最近、自分が健康的な精神でオタ活(推し事ともいうのか)するには「同担拒否!無理!」と言った方がいいという結論を出した。
私自身も「同担拒否=ガチ恋のやばい奴」だけではないのだなと思ったのでその経緯をまとめる。

同担のマナーが悪すぎる

まず最初に同担に対して嫌悪感を抱いたのは「マナーの悪さ」。
Aさん(俳優)の同担は(そもそもあまり見かけないけど)落ち着いたイメージがあるのでマナーどうこうは思ったことがないが、2次元の推しキャラの同担についてものすごく思ったことだ。
どうも私は人気どころを好きになる傾向があるらしく、同担の絶対数が多い。
…のはずが、私の身近なところに同担はあまりいなかった。
なので同担の存在を知るのはSNSが主だった。

よくSNSで「○○推しの人が○○は私以外推しちゃだめって言ってきた」とか「○○推しの人に○○のアクキーぶん取られた」とか、目を疑うような話を目撃した。
そしてそれは「○○推しの人ってあんまりいいイメージないよね」みたいな流れになっていった。
えー!私も○○推しですけどー!?でもいたって普通に平和を望んで生きてるんですけどー!?という気持ちでいっぱい。
最近も、某アイドル作品のライブイベント(整番方式ではなかった)で朝早くから待機して最前列を勝ち取った知り合いが、私と同担の人物に割り込まれたとか。
そしてあろうことかその同担は「私○○推しなんで最前で見なきゃいけないんです。だから譲って。」と言ったとか。
なんなの?宇宙人なの?常識というものがないの?なにその義務感?
そういう話を聞き続けていたらもう本当に勘弁して…という感じ。
こういった誰もが驚くような非常識な話があれば、全員が全員そういう人間ではないとわかっていてもどうしても悪目立ちしてしまう。
そしてそのイメージがこびりつくのも仕方ない。
こちらがいくらマナーに気をつけて真面目にオタクをしていても同じ推しというだけで同じ人種と思われる。
なによりそんな非常識なやつらのせいで推しのイメージも下がるというのも我慢ならない。
私が同担と馴れ合いたくなくなったきっかけだった。

「にわか」がどうしても嫌すぎる

Aさんについても、Bくんについても気付いたら長いこと応援している。
そして私は「好きなものについてはとことん知識を増やしたい」タイプだ。
だからといって推しのすべてを知っているという訳ではないし、これからももっと知識を深めたいと精進している。
そんな私が死ぬほど嫌いなのが「にわか」である。
推しのことじゃなくても何でもそうなんだけど「にわか」と呼ばれる種族がどうしても嫌いだ。
もちろん、推しの知名度が上がって、人気が出て仕事が増える、というのはとても良いことだし喜ばしいことだ。
それを願って応援してるし、そうあって欲しいとは思う。
Aさんは他の人気若手俳優に比べたら知名度低いし、Bくんは駆け出しの若手だし。
だからそんな推しの魅力に気付いてくれた人には「ありがとう!いらっしゃいませ!ようこそ沼へ!」と言いたい。
しかしそこで、大して作品をしっかり見た訳でもないのにすべてを知ったように偉そうに語ってくる「にわか」。
てめーはだめだ。
たった1作品見て、沼に落ちるのは結構。っていうかそれが普通。
沼落ちした1作品だけの知識で「Aさんはここがいい。こうあるべき。」みたいに語られたら、「はあ???別作品ではこういう役やってますし???Aさんの魅力はそれだけじゃないですし???もっと他作品見てから出直してきて????」と基本的に平和主義な私の中から過激派オタクが出現する。
ここまで自分の中で平和主義な温厚なオタクと思っていたが、実は心が死ぬほど狭くて過激派なオタクだったことが判明。
そこから他作品も沢山見たい!と言っていろいろ見てくれるなら私はにっこり笑顔で新しい沼の住人を見届けたいが、そんなそぶりも見せない奴のことは理解ができない。
好きになってくれたんだよね?好きなら色々見たいと思わないの?私は思うけど?と問いたい。
とくに声優Bくんにいたっては、「声優」なのに「顔がかわいい」とか言って出演作品を見ず・聞かずにSNSにアップされるBくんの写真収集して「Bくん推しです」とかなめてんのか?と言いたくなる。
「Bくんの歌が好き」と言って声優の本業である「芝居」に関心を持たずキャラソンのみ聞いちゃう奴とか。
どこをどういう風に好きになるかは個人の勝手なのでどうでもいいが、「声優」は「声優」であって「アイドル」でも「歌手」でもないんだよと思う。
まあ最近の声優の売り出し方がアイドルみたいだったりするのでちょっと難しいところだけど。
そういう同担が存在していること自体は、まあ別に構わない。
今後もっといろんな作品を見てもっと好きになってくれればそれでいい。
ただし、そういう方々と推しについて語りたい、仲良くしたいとは思わない。絶対にだ。

この前友人と某お寺へ観光に行った時、案内人のおじいちゃんが言っていた言葉がオタク心に沁みたのでここに記しておく。

「中途半端な知識しかない奴ほど騒ぐ。本当に知識を得ている人はなにも言わない。」

解釈の違い、価値観の違い

はてブロでも同担拒否についての記事がいくつかあり、それを見るとよく挙げられてるのがこのへんのことだと思う。
推しのAさんBくんに対しての解釈違いと言えば、前述してしまったが、「俳優である」「声優である」と認識してるかどうかというところが肝になる。
個人的にその部分はすごく大事にしていて、もちろん推し本人たちのやりたいことをやりたいようにやってくれればそれで私もハッピーになれるのだけど。
最近じゃ舞台俳優が声優デビューしてみたり、声優がアイドルみたいな活動しちゃったり。
舞台俳優が声優になっていくケースはこれまでよく見ているけど、まあそれは別にそこまでどうこう言うつもりはない。
たしかに舞台で踊る姿や仕草や表情が好きだったのに、それが見えない「声優」ってのはちょっと残念だなと思うけど。
…いや、強がりました。
もしもAさんが声優に転向して一切舞台に出なくなったらと考えたら無理すぎました、すいません。
でもそれがAさんのやりたいことだと言われたらめっちゃ応援する。泣きながら。
しかし声優に関してはいくらアーティストデビューが増えたとかメディアへの露出が増えたからと言ってアイドルみたいな扱いはしたくない。
私は幼少からのオタクで幼少から声優オタクでもあった。
そのころの声優といえば本当に「裏方」というイメージだった。
まず今のように顔出しの仕事なんてほぼなくて好きな声優の顔を知らないなんて普通だった。
今はなんだか顔が好みだからこの声優が好きなんてこともよくある。
前述したように誰のどこをどう好きになるかは勝手だが、はっきり言って理解はできない。
私も推しBくんの表情とかは好きだし外見もかわいいと思う。
でもそれは「好き」という強烈なフィルターがかかってるからそう思ってるんだと自分では思ってる。失礼だけどイケメンだとは思わない。
とりあえず声優をアイドルだと勘違いして(るのかは知らないが)キャーキャー言ってる同担さんとは本当に関わりたくはない。

そして偏見かもしれないが、そういうアイドルかのようにキャーキャー言ってる人たちは推しのすべてを肯定しすぎだと思う。
正直言って、推しだからと言ってすべての作品が最高!すべての発言、言動が神!とはならない。少なくとも私は。
舞台の大事なところで盛大に台詞を噛んだりとか、激烈シリアスなシーンでちょっと笑っちゃったとか。
私としては「おいおい、しっかりしてくれ…」と思ってしまう。
そんな痛いミスも「かわいい」で済ませてしまうのはちょっとどうなの?と思う。
別に推しに対してお説教おばさんにはなりたくないし、なるつもりもないけど、推しも人間なんだから完璧じゃないし失敗もあるのは当たり前。
私は良かったときは盛大に褒め称えたいが駄目な時は駄目とはっきり言いたい(本人には言わないけど)。
何でもかんでも「よかった」と言う人は、本当にちゃんと見てる?と思ってしまう…。
もしそんな方々と推しについて話すとなるとどんな話したって「可愛いからオッケー」とか「可愛いから大丈夫」とかで返されちゃうんだろうな…とか考えると…
会話にならなくない?地獄かよ。

純粋に嫉妬しちゃう

私は簡単に現場に行くことのできない地方民だ。
そのわりには結構行ってる方だと思うけど。
それでも公演以外のAさんのイベントは行ったことがないし、Bくんのイベントもなかなか行けない。
SNSでイベントのレポを見ちゃうと…正直な話…
すっげー羨ましい。
羨ましすぎてへこむし、むかつくし、よくわからない感情になる。
楽しいイベントになったのならそれでよかったね!とは思うけど、どうしてもその場所に自分も行きたかったな!と強く思ってしまう。
しかも、同担のレポなんかを見たらそれはもう羨ましすぎてしんどい(語彙力)
もし普段から同担と仲良くしていて「推しのイベントで推しがこんなにかわいかった」報告をされたもんなら、もう羨ましすぎて羨ましすぎて。
仲の良い友人に対して嫉妬するなんて自分が嫌になりそうだし、そんな醜い感情を持ったまま仲良く接するなんて私には無理だ…。
なんだかんだごちゃごちゃと書いたけれど、同担と仲良くしたくない理由ナンバーワンは「羨ましくなっちゃう」だと思う。
前述した項目に当てはまらない素敵な(?)同担がいたとすると、それは「マナーを守る常識のある人で、解釈も価値観も一致する」ことになる。
これほどの高いハードルを超えた同担なんてごく僅かしかいないだろうし、こんな心の狭いわがままなオタクと仲良くしてくれるならもう天使か?と思う。
そんな人に対して自分がイベント行けなかったからといって嫉妬するなんて、本気で自分が嫌になる。
そんな醜い感情を持たないためには同担とはどんな良い人であれ、距離を置いた方がいいんだろうな…と最近思い始めた。

平穏なオタ活のために同担は無理

「私だけの推しなんだから応援しないで!」なんて全くこれっぽっちも思わない。
むしろ「ワシの推しかわいいやろ?この作品が好きなら次はこっちなんてどう?」とプレゼンしたいし沼よ広がれ!と思う。
ただし、私の知らんところで広がってくれって感じ(わがまま)。
沼が広がるのは非常に喜ばしい。チケット戦争は熾烈な戦いになるけど(白目)
推しの魅力が広まってほしいけど、それを同担と語り合いたくはない。
それこそ熾烈な戦いになりそう。
私の精神的な安定のためにも、同担の仲良くするのは無理。
だってオタクなんて毎日のようにスケジュールとにらめっこして、ヒーヒー言いながら決して裕福ではない財布からお金を出しているわけだ。
次の予定はどうしようとか、お金は間に合うだろうか、とか自分の悩みや不安でいっぱいなのにおせっかいなオタクは推しの健康面や今後の仕事などいらない心配もするわけで。
その上に同担との付き合い方や同担へのイライラも抱えていたらもうやってらんねー!となる。
だから同担とは接触したくない。
SNSでは絶対に繋がらない。
そもそもこちらから探して声をかけない限り繋がれないと思うのでそのような血迷った行動は絶対にしない。
同担と接点があるとすれば一番はネット上だと思うのでそこだけは徹底している。
あとは周りのオタク友達の推しが被らないことを祈るのみ。
幸いにも周りで同担がいたことは一度もないので、これからもそうあってほしいと思う…。
でもなんだかんだ話のわかる同担なら大丈夫なのかな…いや…でも…うん…やっぱ無理…。

 

☆追記(2018/7/7)

このエントリがよく読まれるようなのでこれ以降の同担についての考えエントリをまとめときます。

 

que-9.hatenablog.com

 

 

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