おたくのひとりごと

舞台俳優、ワンピが好きなバンギャのゆるいブログです。

余裕のあるオタク

現在、仕事のことで絶賛参っている。精神が。

通っているエステ(精神的なカウンセリングもしてくれる)のセラピストさんに愚痴ったところ「9さんはとっても真面目だからこう思う、これが正しい、って思ったら絶対に曲げたくないのね。それはいいことなんだけどあまりに真面目すぎてすべてを否定的に捉えちゃってるから疲れるのよ」と言われた。

いや、もう、まじ、それ。

仕事でもそうだけど、多分一番その傾向が強いのがオタク業だと思う。

解釈違いは無理、自分と同じ価値観じゃないオタクも無理。

パッと聞いたらわりとありがちなことなのかもしれないけど、私の場合、「解釈違い」も「価値勘違い」も病的な細かさでジャッジしているし、0.1ミリでも自分の考えとズレがあったら「無理」になる。

たしかにそんなんじゃ疲れるよね(仕事で参ってたはずなのに何故オタクの話になってるのかは根っからのオタクなので仕方ない)

 

ふと、過去を振り返ってみた。

私の通っていた高校はいわゆる「オタク高校」だった。

2次元オタクがベースの、様々なジャンルのオタクが生息していた。

他校の生徒から「昼の放送とかアニソンなんでしょ?w」と馬鹿にされたこともあるが、そんなレベルのオタクじゃない。

アニソンっていうかエロゲのサントラとキャラソン、週2で駅メロと週1でゴリゴリのコテ盤V系が流れる。

常人からしたら異常な空間だと思うけど、それを誰も「止めてくれ」とは言わなかった。

そしてほぼ全員オタクなので語りたがる奴が多かった。

部活の遠征のときに私に延々と電車と線路の豆知識を語ってくるやつ。

好みのエロゲの展開とキャラを語ってくるやつ。

楽器のこだわりを延々と語ってくるやつ。

正直ほぼ興味なかったけど自分の興味ないジャンルの話はおもしろかったし、何より「こんなに熱く語るくらい好きなんだなあ」って思えるのがなんだか清々しかった。

もちろん大体言ってることは気持ち悪い。(失礼)

気持ち悪いけど自分自身が気持ち悪いということを重々承知していて周りに迷惑かけないように気を配っている奴らばかりだった。

そして私も好きなアニメの話、舞台の話、バンドの話を絶対興味ないであろう相手に語っていた。

相手はいつも文句を言わずにちゃんと聞いてくれてた。

そんな恵まれたオタク高校から卒業して大学に進学した時、高校とのギャップに驚いた。

大学もオタク寄りなメディア関係だったのでオタクがわんさかいたが、私の学科以外はごく普通の(ウェイ系DQN)大学生だった。

そんな一般人も沢山いる教室で大声でR18ホモの話を腐女子が沢山いた。

しかもそういう奴に限って「男オタクってキモいから近寄らないでほしい」とか言うのだった。

いや、お前も相当気持ち悪いよ。

それ以来、TPOのわからない、自覚のない腐女子が嫌いになった。

que-9.hatenablog.com

 そして、この記事にも書いたミーハー腐女子との出会いのおかげでミーハーが嫌いになった。

同じジャンルが好きな友人と解釈違いで論争した時、「お前の解釈は間違ってる。私の方が正しい。公式に謝れ」と言われたことがあり、それ以来解釈違いも無理になった。

とかなんやかんややっていったら、推しへの愛も拗らせに拗らせ、同担も無理になっていた。

あれ?高校時代はあんなに色んなオタクと語り合うのが楽しかったはずなのに、いつのまにか無理なことだらけになってる。

あんなに楽しかったオタク業が苦しくなってる。

今まで書いた記事を読むと、なんだか自分で自分の首を締めてる気がする。

もっと心に余裕があるオタクになりたいね。

解釈違いだって「解釈違いは戦争だ」ではなく「そういう解釈もあるんだね」と思えるようになりたい。

新規が来たって「新規来んな」ではなく「ここの沼は良いぞ」と言えるようになりたい。

同担だって………えーと…推しへの愛を拗らせてるのでここはちょっとアレがアレで難しいかもしれませんが(結局)

とにかく楽しくオタクがしたい。

もちろん、私が高校の時とはオタクの層も全然違うしコンテンツも全然違うから、あの頃のようにならないのはわかってるけど。

それでもせっかく推しを推すためにオタクをするなら、楽しくありたい。

まあでも人間そんな簡単には変わらないとは思うので、これからも愚痴記事は続くと思います。

なるべく愚痴記事より推しかわいい記事を書きたいね!