おたくのひとりごと

自由気ままにぼやいています

古参と新規

推している期間は違えど、推しや作品が好きという気持ちが同じなのだから、歴の長さだけで無意味な争いを生むのは非常に不毛だと思います。しかし、それでも「古参」「新規」それぞれ嫌なとこがあるのは確かです。

ちなみに私自身は推しさんに対しては「古参」と言い切れるほど自信はないのですが「新規」ではないです。まあそれでもオタクは誰しも「新規」の時期があるのでどちらの立場もわかるつもりでいます。

 

こんな新規は嫌だ!

・全てを知ったような顔をする

いわゆる「知ったか」というやつ。これに遭遇すると、最初は優しくスルーするんですが、だんだん「うるせー!!!」とキレ散らかします。「これから勉強して知っていこう」という姿勢なら全然何も思いません。ですが、こういう知ったかする人たちって「推しハマった瞬間推しについての情報全てを受信した」かのように全て知ってます顔するのは何でなんでしょう。そんな訳ないじゃん…。少なくとも今までの公演の感動という情報は知らないじゃん…。って言うと「古参の歴年数によるマウント」ととられそうですよね。だから何も言わず悶々とムカついているだけです。

「過去の公演も観たかったなー!もう少し早く推しを知っていればなー!」と嘆いてる方がずっと可愛いと思います。

 

・落とした金額自慢

古参の「歴年数自慢」に対比していると思う新規による「落とした金額自慢」。新規なほどいくら落とした、いくら買った、全通したなどの自慢をしているように感じます。まあ、いくら金落とそうが全通しようがは個人の勝手なのでご自由にどうぞ。しかしそれをいちいち自慢して、「私より金落としてないのに古参とか(笑)」「古参より私の方が現場通ってる(笑)」と喧嘩売ってるのは流石に意味分かりません。自ら争いを生もうとしている姿勢がわかりません。ていうかそれ以前に普通にダサい。あなたの金をあなたがどれだけ使おうが勝手だけど、それをオタクの基準に勝手に設定しないでほしい。こっちはあんたがどれだけ現場通うとかどれだけ金使ったとか超興味ないんで…すいません…。自分は行きたいものに行きたいだけ行ければそれで満足なんで…。

 

・無条件に古参を叩く

厄介な古参もいるので気持ちはわからなくもないのですが、無駄に「古参は可哀相なババアしかいない」とか「古参ババアは害悪」とか無条件に「ババアだから」と叩いてるピチピチな新規をたまに見ます。何が気に食わなくてババア叩きをするのか知りませんが、こればかり見ると私もババアなので余計に腹立ちます。が、何も言えません。だってババアだもん!!!!

でも、無条件に古参ババアを叩く前にちょっと落ち着いて考えて欲しい。今はピチピチで若い自分も、将来同じ古参ババアと周りに呼ばれる時が来るって、考えたりしない?しない?しないか!そうか!そりゃ今この瞬間が大事だもんね!今が楽しければオッケーだもんね!わかるわかる~まじ将来とかまじ興味ない~チョベリバ~^^とか言って現実逃避してもその「将来」はいつか必ずやってくる

私も私の周りも、バンギャだらけで思春期はみんな病んでたので「ババアになる前に死んでやる」と豪語していましたが全員立派なババアになって生きてます。ちなみにまたバンギャの話になりますが、私がバンギャになりだした中学生の時、「20歳を越えたらオバンギャ」と言われてました。そう、おばさんのバンギャ、オバンギャです。その時は20歳でおばさんか~まあその頃にはバンギャめてるだろうし関係ないか!私今ピチピチだし!と何も考えていませんでしたが実際20歳になってバンド追ってる自分に気付いた時の絶望感はすごかったです。「わたし…まだ20歳なのに…おばさん…なの…?」と。更にその後未だバンド追ってる今はもう開き直ってます。どうも!オバンギャです!よろしくね!

でも昔からオバンギャ、というかおばさんになっても好きなものを追ってる人に嫌悪感や偏見はありませんでした。ライブハウスで当時10代だった私の隣に30代くらいの仕事帰りのOLのお姉さんがいました。服も化粧もめちゃくちゃ仕事できそう感漂う綺麗なお姉さんでした。いいにおいでした(そこじゃない)そんなお姉さんがライブ開始とともに、別人のようにデスボしヘドバン(しかもヘドバン超綺麗)し出して、バラード曲では嗚咽を堪えながら号泣し、魂でライブを楽しんでる感じがして最高にかっこよかったことを覚えてます。将来大きくなったらあんな大人になりたいってしばらくずっと言ってました。

「いい大人になっても好きなものを全力で追う」ことが良いこと、かっこいいことかは世間的にはノーだと思います。世間的には「いい大人になったらさっさと結婚して子供生んで仕事と家事を両立させる」が「いい大人」のあるべき姿だと思います。自分で言っておいて耳が痛いです。お腹も痛くなってきた。だから大人になってもオタクでいるのって世間からの目が痛いはずです。最近はクールジャパンとかなんだとか言ってオタクにも寛容になってきてはいますけど。でもやっぱり大人になったらそんな子供みたいな趣味やめろよみたいな空気があるのは事実。そんな肩身の狭い世界でも心折れずにまっすぐ好きなものを応援しているオタクは強いと思います。仕事や結婚や家庭や色々なことと趣味との葛藤を抱え、日々戦いながら生きている古参ババアの痛みは新規ティーンズにはわからないと思います。私もわからなかった。だからひたすら無条件に叩いているティーンズたち、将来あなたたちは大人になったら今好きなものをスッパリ諦めて真人間になれる?と問いたい。もしそれが可能だと言うのなら、あなたの「好き」はその程度なのね、と思います。私はオタクから足洗うのは多分一生無理です。オタクとして生きオタクとして死にます。同じように好きなものを諦めるのは無理だと言うのならあなたも結局自分が叩いてる「古参ババア」になるわけです。

やばい、熱く語りすぎてババアの必死なジタバタ感が滲み出ている。まあ、ババアなんで許してやってください。

 

こんな古参はいやだ!

・過去の思い出にしがみつく

「はぁ~あの頃はよかったな~」という古参。簡潔に言います。「じゃあ降りれば?」

「あの頃”も”よかった」なら「わかる~」と思いますが「あの頃”は”よかった」ということは「今はよくない」ということですよね。それって今も好きだと言えるのでしょうか。

私も元推しくんを降りる直前、ずっと「前はよかったな」「去年の方がよかったな」みたいなことを考えることが多くなり「これは推してると言えるのか…?」とめちゃくちゃ悩みました。そして某ライブで推しくんにがっかりして潔く降りれたのですが、もしあれがなければ今もずっと推しくんに対してモヤモヤし続けていたと思います。好きだからこそ、悩む。好きだからこそ、「こうあってほしい」という理想を作り出してしまう。でも推しだって人間だし、自分の目標ややりたいことがある。それがオタクの理想にそぐわないなんてよくある。でもそれって応援してると言えるのか…とめちゃくちゃ悩んだ。気に食わないことがあってもそれも理解して応援してるなら問題ないけど不満たらたら言い続けるなら…めっちゃわかるけどそれって推しにも周りのオタクにも自分の精神的にもよくない気がする。個人的に「応援したい」と思って現場行ったり色々購入することから、不満持ちつつ「応援しなきゃ」と思って現場へ行き、結果不満を持ち帰ることに変わってしまっているなら「潮時」だと思います。まあでも「次は良かったって思えるかも…!」と期待しながら不満を溢すのもわからなくはないです。わからなくないけど、つらいよね、それ。

あと普通に「あの頃はよかった」を古参特有の「私はお前ら新規の知らないこんな昔から推してんだよ」というマウントのために使っているのなら頼むから黙ってくれ。

 

・歴年数自慢

単純に、「だせぇ」「うるせぇ」以上です。新規の「落とした金額自慢」もダサいですが、歴年数自慢もダサいです。特に新規に対して自慢していると最強にダサいです。何年推しを応援してるとか結局自分が好きでやってるだけなのでそれを自慢のネタにするのはダサいです。たまに心の綺麗な新規の方が「古参が応援してくれたから私も推しに出会えた」と言ってくださるのを見ると眩しすぎてびびります。しかしそれを古参側から言うのは違うと思います。また推しに対して「こんなにずっと支えてやってるのに」みたいなこと言う古参もすいませんが黙ってくれ。「支えてやってる」「応援してやってる」と言う時点でなんかもうオタクの分際で何を言ってるのやらって感じです。何年前から推してる、デビュー期から推してるという「事実」を言うのは全然構わないと思います。事実だし。ただ、「だからお前らより上だぞ」というマウントは滑稽だと思います。

 

推しに慣れ慣れしい

推しを長年応援していても、推しとオタクという関係性自体は変わりません。推しを長年応援してるからっていつからか推しと友達になれるわけでも関係者になれるわけでもありません。とりあえず推しにタメ口使う古参は黙ってくれ。頼む。ツイッターのリプやブログのコメントで、「お前は推しの友人なのか???ん???」みたいな文面の輩、いますよね。誰目線だよ、みたいな偉そうなこと言う輩もいますよね。インターネットの発展、SNSの普及で脳が馬鹿になってるのかもしれないけど推しとオタクは友人でもなんでもなく「推し」と「オタク」です。彼らの綴る文(ブログやツイッター)を読んで一方的にコメントやリプを送っているだけで、距離が縮む訳はないんです。劇場で生の推しを見たって「友人」にはなれないんです。そういう「正しい距離感」がわからない方々は一旦ネット・SNS断ちするのをおすすめします。ネットのしすぎで「人と人との正しい距離感がわからなくなる」は普通に病気です。ちなみにたまに新規でも突然タメ口リプをかましてる奴がいるけど、それはもう論外です。塵となってください。

 

もっとあるかもしれないけどとりあえずパッと思いつくのはこんな感じです。書いててとても難しかった。嫌だけどちょっと分かる気もする、みたいな矛盾する気持ちがあったり。そもそも古参ってどこから古参?とか。デビュー期から推してたら堂々と古参と言っていい気がするけど、あとはどうなんでしょう。自己申告なんですかね。自分よりも推してる年数浅いのに古参って言われたらキレそうですが、そこでキレたらやっぱり「古参の歴年数自慢」になる気もするし。だからと言って自分より長く推してる人に「自分新規なんで…」とか言われたら嫌味か?とも思う。難しい!

ファンの中には古参もいれば新規もいる。超当たり前のこと。でも、新規は新規で古参が羨ましかったりする。自分よりも推しとの時間が長いとか認知されてるとか色んな面で羨ましい。古参は古参で新規と聞くと警戒してしまうところもある。解釈違いだったらどうしよう常識ない厄介オタクだったらどうしよう、とか色んな面で警戒してしまう。だからまあ、難しいですよね。お互いに歩み寄るしかないのかもしれない。片方が歩み寄っても意味はなさそう。オタクって難しいな。まあ後は単純に「人による」って感じですね。好きな友人だったら新規だろうが古参だろうが関係ないし、嫌いなオタクなら新規でも古参でもむかつくし。そういうもんです(結局)

以上、古参と新規について色々考えてみた結果でした。