おたくのひとりごと

自由気ままにぼやいています

推しをどう見るか

めっちゃ寒くないですかこんにちは9です。
突然の気温差にみなさん体調も情緒も崩されないようお気をつけ下さい(昨日病み散らかした人の発言)

お題箱に質問等が来ておりますが今回はお休みさせていただいて、とくにオチもなにもないブログタイトルらしいぼやきを書こうかな、と。
あくまでも「私のぼやき」であり「私が正しい」とか意見を振りかざしてぶん殴りたい訳ではないのであしからず。語彙力と文章力がないのでそういう風に見えたとしたらすみません。

表面を見る

que-9.hatenablog.com

先日書いたこちらの記事でちょろっと書いたこと。

ツイッターの公開アカウントの同担は口を揃えて公演後「かっこよかった♡」「なんかすごかった!」とかしか言わない。 他担からは「5番手顔だけど芝居はいいよね!」と言われるのに同担はその真逆しか言わないってなんだか面白い現象だなあと思ったりしています。 勿論、推しの素晴らしさをツイッターなんぞに書くか!とか鍵アカウントで綴っている人とかもいるんでしょうけど。

同担をブロックするか問題 - おたくのひとりごと

他担の方であれば他担の方ほど、すごくよく推しさんの芝居を見てくれてその感想を伝えてくれる(いつもありがとうございます/私信)
でも同担さんたちは推しさんの芝居、というより見た目や声などの表面的なことしか言わない。
同担のツイート全てを見ている訳じゃないから絶対にそうだとは言えないのできっと胸のうちに秘めているんだろうなと思いたい。

でもネット上だけでなく、終演後の会場でも同担さん同士で「ここがよかった!」という会話をしているのが必然的に聞こえてしまうのだが、その内容もやはり表面的なことばかり。
それ以外にもっと感じることがないのだろうか…?といつも疑問に思う。
と言うと「私が誰より推しさんのことを理解してるのよ」的なマウント(笑)だと思われるかもしれないが、決してそういうことではない。
推しさんのことはガチ恋的に好きで、本当に好きで結ばれたいし顔も声もスタイルも人柄も全てが好きだ。
けど一番はやっぱり推しさんが大好きな「芝居」が大好きだ。
推しさんの好きなところを、よかったところを言うのに真っ先に表面的な話をする同担さんは、「芝居」をどう思っているのだろうか…と思う。
「芝居」に対しての感想なんて簡単にパッと出てこないから一番言いやすい「見た目」や「声」のことを言うのかもしれない。それは仕方ない。

でも、以前の舞台で同担さんが「推しさんが目指した芝居」と真逆の受け取り方をして「やっぱり推しすごい!」と話しているところに遭遇してしまった。
イベントやツイッター等で、意気込みを熱く語る推しさんの言葉を見れば(聞けば)、「そうじゃない」ということがわかるはずなのに、何故真逆に捉えたのだろうと何故か落ち込んだ。
何も知らない他担の人からしたら、推しさんがどういう意気込みでどういう芝居を目指してどう努力しているかなんて微塵も知らないわけだ。だからこそ、同担さんはそれを理解して舞台を観ているのだと思っていたのに、そうではなかったことが悲しかった。
まあでもこれも解釈や受け取り方には正解はないから、人それぞれだと言えばそれまでなんだけど。
最早私の受け取り方が間違っているのかとその時連番した友人に聞いたら「私も9ちゃんと同じ様に感じたよ」と言ってくれた。*1なんで他担の友人は理解してくれるのに同担さんとは解釈が違うのだろう。

更には、終演後に「この舞台見たら過去作品の推しさんが恋しくなった」と話しているところに遭遇した(遭遇しすぎじゃね???)
どういう意味かはわからないけど、その時の推しさんの芝居を否定するような意味だとしたらとてもショックだ。私が。

推しさんの芝居をどう思おうと、それは個人の自由なので「こうあるべき」という模範解答はない。だから表面だけを見ていようが、なんだろうがそれはそれで構わない。
でもなんとなく、「この同担さんたちとは多分わかり合えない」と思った。

ガチ恋だって「芝居」を見る

ガチ恋は「俳優個人」にしか興味がないと思われているかもしれない。
というか私もそう思っていた。
でも実際にガチ恋になってみて*2そうではないんだなと思った。
ガチ恋だからこそ、推しさんのことを理解したいし、推しさんが大切にしている「芝居」をしっかりと見たい。
ガチ恋は夢しか見てない痛い奴だと思われているかもしれない。私もそう思っていた。
でも実際は、ガチ恋じゃなかった時以上に現実を見て悩み、夢を夢だと理解しながら現実を見ている気がする。
だって夢しか見てなかったらこんなに病んでない。
現実を見て、今まで以上に推しさんの芝居を奥深くまで見たい。
それ故に、今まで以上に「同担さんの、推しさんに対しての解釈違い」は苦痛なんだと思った。
同じ1人の人を見て、考えも見方も様々なのはそれぞれ別々の人間なんだから仕方のないこと。でも確実に私と、同担さんの「推しさんの見方」が色んな意味で全く違うということがなんだか寂しい。自分が推しさんに重すぎるほどの感情を抱いていることを思い知らされる。
なんというか、きっと同担さんの輪に入っても私は理解されないんだろうな、という漠然とした寂しさと悲しさがあった。
だから、同担拒否なのである。
「ガチ恋だから」「=同担拒否」という訳ではない。
ガチ恋が理由なのではなくてそれ以上の理由があるから同担とは関わりたくない。
これを読んでくれているであろう同担さん、すみません…。でもコメント等いつも嬉しく思ってるのは嘘ではないです。

共演者を見る

ガチ恋は推しにしか興味ないと思われがちだが、それもそうではない。
推しとの共演者はすごくよく見てしまう。
「お前は誰なんだ」目線で申し訳ないが、「推しさんと一緒に素晴らしい作品にしてくれてありがとう」という感謝の気持ちが沸いてくる。いつだってそう。
推しさんが、共演者さんたちと真剣に向き合って作品を作っているのだから、私だって真剣に共演者さんたちも見たい。
と思っているのだが、こないだ同担さんたちが現場で共演者を見下している発言をして笑っていた。それを聞いてとても悲しくなった。
さらにはツイッターでも共演者を推しの情報を引き出すために利用しているのを見てしまってまたしても悲しくなった。
俳優オタクってそんなもんなのだろうか?
私がおかしいのだろうか?
ガチ恋ほど推しさえ良ければいいと思ってる、と思ってたけど、なんでこんな悲しいのだろうと思った。
そういうのを見ると、やっぱり同担さんとは関わりたくない。
私が変で、私が間違っているのかもしれないけど、たとえそれでも考え方も何もかもが違いすぎて、私には理解ができないし、したいとも思えない。




なんだか普通に同担への愚痴になってしまったが、きっと全員がこんな同担さんな訳ではないと思う。きっと素敵な人も、理解してくれる人もいると思う。
でもその確率ってどれほどだろうか。
わからないまま同担さんと関わって、その度に悲しくなったり寂しくなったりするのかと思うと、誰とも関わらない方がいい。
そう思うと、やっぱり私は同担拒否だと思った。
同担だけでなくて、多分オタク友達も多くは作れないタイプなんだろうなと思った。
だから今までずっと鎖国してきた訳だけど。

だから何が言いたいのかと言うと、いつも私の病んだ話も楽しい話も嬉しい話も聞いてくれて、理解してくれる今いる友人たちは大切にしようと思った。(そこ?)

まあ、なるべくなら穏やかな気持ちで推し事したいからね、誰だって。


なにかあればお気軽に。優しい言葉をください。
odaibako.net

*1:友人いつも優しすぎである。好き。

*2:なりたくてなった訳じゃない(ここが重要)